東北本線旧線(利府〜品井沼)廃線跡
東北本線は明治20年上野〜塩釜間が開通。その後23年には盛岡まで開通、翌年には青森までが結ばれました。このころの東北本線は、岩切を出ると松島を経て品井沼へのコースを辿っていました(山線)。しかし、この路線は、勾配がきついこともあった為、昭和19年に東北本線海岸線が作られました。そして昭和37年の4月、ついに松島〜品井沼間は廃止、同年7月には、利府〜松島間も廃止となりました。因みに、現松島と旧松島の場所は違う場所にあります。
利府〜品井沼の廃線を辿る
利府駅を過ぎて廃線跡は駐車場や住宅地になっています。しばらく北上すると、旧線跡上に森郷児童公園という公園があります。そこには、交流電機ED9111が保存されていました。旧線時代に使用されていた車両との事。(現在ではすでに撤去されており跡形もないようです。看板と車輪のみあります)
森郷児童公園に保存されている交流電機ED9111と森郷児童公園から品井沼方面へ続く廃線跡。
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森郷児童公園を過ぎると、線路跡は舗装された道路になり続いています。一旦利府中インター付近で線路跡は消滅しているが、迂回し暫く行くとまた線路跡が現われます。時々、地元の方が散歩している姿もありました。廃線跡を巡る目印としては県道8号の仙台松島線です。県道8号に寄り添いながら廃線跡は続いています。道路になっているとはいえ、カーブなどは鉄道時代の面影が残っています。
舗装された道が続き、品井沼方面へ続く廃線跡。
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廃線跡をさらに進んでいくと、切り通し区間に出ます。この辺りは廃線らしい雰囲気があり、両側に石垣が残されています。切り通しを超え暫く行くと松島海岸インターがあり、一旦線路跡は途絶えてしまいますが、少し先へ進むとまた現われ、旧松島駅方面へ続いています。訪問した時期が春になる少し前の時期だったので、この付近を歩いている途中で晴れていたと思ったらいきなり雪が降ってきて吹雪になったりしていました。
鉄道が走っていた雰囲気が残る。水路を跨ぐ橋台として今も使われています。
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暫く行き初原浄水場を超えると、廃線跡は住宅地の中に入っていき進んでいきます。住宅地にのびる道路が廃線跡のようです。やがて旧松島駅舎跡が見えてきます。旧松島駅舎は現在では松島町健康館として残っています。さらに進み住宅地を抜けると、線路跡は現在線の愛宕駅の下をトンネルで抜け続いています。因みにこの旧松島駅ですが、現在の松島駅より北に2キロ以上離れた場所にあります。愛宕駅からだと1キロ程です。
松島町健康館として残る旧松島駅跡と現在線をトンネルでくぐり抜ける廃線跡。
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トンネルを抜けると、廃線跡は左にカーブし、現在線と平行しながら品井沼方面へ向かっています。その途中、高城川を越える鉄橋があり、旧線の鉄橋を歩行者専用橋として利用しています。この後も線路跡は続き、根廻(ねまり)トンネルという面白いトンネルを抜けていきます。
歩行者専用として利用している鉄橋跡と名前が面白い根廻(ねまり)トンネル跡。
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しばらく現在線と寄り添う形で廃線跡は続いています。踏切を超えた辺りで旧線は現在線と合流し、約15キロ続いていた線路跡が終了します。
現在線との合流地点。
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利府から品井沼間のこの廃線はほとんどが生活道路になっていますが、所々でしっかりと面影が残されていて、とても魅力のある廃線跡でした。旧松島駅は今でもデイサービスセンターとして使用されています。訪問後しばらくして保存されていた機関車が撤去されてしまったのは残念ですが、それでも旧松島駅が残されているので価値ある廃線であると感じています。