私鉄廃線一覧
ここでは私鉄に関する廃線情報を一覧で表示しています。各路線のリンクをクリックしてページをご覧下さい。
都営浅草線
昭和35年(1960年)の12月4日に地下鉄1号線として押上〜浅草橋間で開業。この時点で京成線との相互直通運転が開始されました。。その後、昭和39年(1964年)10月1日には新橋まで開通。昭和43年(1968年)6月21日には泉岳寺までが開通し、京急線との相互直通運転が開始されました。そして、同年11月5に西馬込まで開通し全線開通となりました。ちなみに、地下鉄1号線から都営浅草線という名称になったのは昭和53年(1978年)で、現在の正式名称である浅草線になったのは平成12年(2000年)です。
以下は都営浅草線の廃線関連です。リンクをクリックすると各ページへ移動します。地下鉄でも珍しい踏切が存在した場所です。
旧馬込車両工場
都営浅草線の廃線跡です。都営浅草線の馬込車両検修場は当時は検車場と車両工場とは別の敷地でした。平成12年に組織統合が行われ、馬込車両検修場となりました。そして、平成16年に馬込検車場(現在の馬込車両検修場)内に新車両工場が建設され、同年3月末に旧馬込車両工場は廃止されました。この区間はかつて車両工場があった場所への廃線です。
旧馬込車両工場のページ
山形交通
山形交通は高畠線・尾花沢線・三山線の3路線が存在していましたが、当時は高畠鉄道・尾花沢鉄道・三山電気鉄道のそれぞれが異なる鉄道会社での運用でした。昭和18年に三山電気鉄道は高畠鉄道・尾花沢鉄道を合併し山形交通となり、それぞれ山形交通高畠線・山形交通尾花沢線・山形交通三山線と名称変更しました。
山形交通の廃線関連です。リンクをクリックすると各ページへ移動します。特に旧駅舎が見所の一つで、とても良い雰囲気の場所です。
糠ノ目〜二井宿
山形交通高畠線(糠ノ目〜二井宿)です。高畠鉄道として、大正11年に糠ノ目〜高畠間が開業し、大正13年に高畠〜二井宿間も開業しました。昭和18年に山形交通高畠線になりました。昭和43年になるとモータリゼーションの波りより高畠〜二井宿間が廃止。昭和49年に糠ノ目〜高畠間も廃止となり、全線廃止になりました。旧駅舎がしっかり残されて、歴史を感じる場所です。
糠ノ目〜二井宿のページ
大石田〜尾花沢
山形交通尾花沢線(大石田〜尾花沢)です。大正15年に尾花沢鉄道として開通し昭和18年に山形交通尾花沢線となったこの路線は、主に通勤や通学の足として活躍していました。しかしモータリゼーションの波に勝つ事はできず次第に衰退し、一時は存続運動により廃止は棚上げとなりましたが、昭和45年に廃止となりました。西瓜畑の横を通る廃線跡は、雰囲気がありました。
大石田〜尾花沢のページ
横浜市電
横浜市の市電となる前は横浜電気鉄道でした。その横浜電気鉄道が開通したのは明治37年(1904年)で、神奈川〜大江橋の区間です。その後、経営不安定等が原因となり、横浜市が電気鉄道を買収し公営化、大正10年(1921年)に横浜電気鉄道から横浜市電となりました。昭和31年になると市電は最盛期となり、合計13系統(平日午前ラッシュ時のみの系統は除く)ありました。
横浜市電の廃線関連です。リンクをクリックすると各ページへ移動します。数少ない市電の面影が残されている場所を巡りました。
市電の面影
横浜市電の廃線跡です。横浜市電になったのは大正10年であり、それまでは横浜電気鉄道でした。初めての開通は神奈川〜大江橋です。横浜市電になってから最盛期となった昭和30年代には13系統ありました。その後、高度経済成長の影響を受け始め徐々に廃止が進み、昭和47年3月に全系統廃止されました。かつて電停があった場所は今でも何となく面影を残しています。
横浜市電廃線跡のページ

















