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少し過去や現在の廃止線跡の様子を画像付きで紹介。

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新着情報

2026年09月08日
都営浅草線(旧馬込車両工場)廃線跡を追加。
2026年07月21日
サイトのデザインを更新しました。
2026年05月11日
横浜市電の廃線跡を追加。
2026年04月21日
検索ページを新規追加しました。
2026年03月21日
サイドメニューを更新しました。

廃線サイト 〜失われた鉄路を辿る〜

廃線サイトへようこそ。ここでは、写真つきで今まで行った廃止線跡を紹介いたします。鉄橋やトンネルさらには線路など見所がいっぱい。まだ現役で走っている線路も見ごたえありますが、今や走らなくなった鉄路を辿るのも、また魅力の1つでもあります。自然の中に残るものや街の中に消えるものなど、様々な廃線があります。現在の様子よりは少し前の廃止線の様子を載せているので違った趣きがあるかと思います。更新は定期的に行う予定です。どうぞごゆっくりとご覧になってください。

検索

路線の中で駅舎のある廃線・橋梁がある廃線などを条件としたピンポイントで検索ができます。

カテゴリー一覧

ご覧になりたいカテゴリーを選択してください。画像もしくはボタンリンクをクリックすると各カテゴリーの一覧ページに移動します。

主な廃線跡

以下に掲載しているものは、訪問した廃止線跡の中の一部になります。訪問時期は2000年頃〜現在までです。トンネルの跡や駅舎の跡の廃止線など様々な廃線を掲載しています。ここに掲載していない市電や貨物線などの廃線跡の情報については、カテゴリー一覧・サイドメニュー(ドロップダウンメニュー)より各ページに飛んでご覧ください。

中央本線旧線

中央線の建設が決定したのは明治27年の事。その後徐々に工事が着工され開通していきました。中でも苦戦を強いられたのは木曽福島〜宮の腰の区間です。この区間は着工から15年かかりました。そして明治44年についに全線開通となりました。

以下は中央本線の廃線関連です。クリックすると各ページへ移動します。橋梁やトンネルなど見所が沢山ある廃止線跡で、歴史を感じることができる場所です。どのような場所かは見てのお楽しみです。

  • サムネイル画像

    信濃境〜富士見

    中央本線旧線(信濃境〜富士見)です。明治37年12月21日、韮崎(にらさき)~富士見間開業によって開通。その後複線化が進み、昭和55年9月に新線に切り替えられ廃止となった区間です。この区間の見所は旧立場川橋梁です。

    信濃境〜富士見のページ
  • サムネイル画像2

    奈良井〜薮原

    中央本線旧線(奈良井〜薮原)です。明治43年10月5日開通。複線化による災害区域の解消やトンネルの老朽化を目的に昭和44年に新線に切り替えられ廃止された区間です。奈良井駅跡付近に蒸気機関車が保存されています。

    奈良井〜薮原のページ
  • サムネイル画像3

    小淵沢〜信濃境

    中央本線旧線(小淵沢〜信濃境)です。明治43年10月5日開通。その後輸送力の確保の為、複線化され昭和58年6月21日に新線に切り替えられ廃止となった区間です。今は撤去されてしまってますが車両が置いてありました。

    小淵沢〜信濃境のページ
  • 中央本線旧線画像4

    木曽福島〜上松

    中央本線旧線(木曽福島〜上松)です。昭和41年に中平信号場が開設され、昭和48年になると単線で電化。昭和54年10月15日に新線のトンネルが完成し廃止された区間です。信号場やトンネル、キロポスト等が残されています。

    木曽福島〜上松のページ
  • 中央本線旧線画像5

    上松〜倉本

    中央本線旧線(上松〜倉本)です。昭和23年に須原〜上松間に倉本駅が開業。その後複線化が開始され、昭和44年7月に複線化が完了し新線に切り替えられ廃止された区間です。寝覚の床付近にあるトンネルが見ものです。

    上松〜倉本のページ

東北本線旧線

明治16年に上野〜大宮間が開通。明治18年になるとさらに宇都宮まで延長されました。そして明治24年に青森までの全線が開通しました。ちなみに全線開通時はまだ私鉄である日本鉄道でした。国有化さて国鉄になったのは明治39年です。

以下は東北本線の廃線関連です。クリックすると各ページへ移動します。どのような場所かは、見てのお楽しみです。橋台やトンネルなど、歴史を感じる場所がいっぱいです。

  • サムネイル画像3

    清水原〜一ノ関

    東北本線旧線(清水原〜一ノ関)です。明治23年に開通した区間で、有馬川沿いを通っていましたが、勾配を避けるため大正13年に現ルートへ変更され廃止されました。旧有壁トンネルは神秘的な状態で残されています。

    清水原〜一ノ関のページ
  • サムネイル画像4

    利府〜品井沼

    東北本線旧線(利府〜品井沼)です。昭和23年の全線開通当時はこの区間を使用していましたが、勾配が急である事が理由で昭和37年に新線に切り替えられ廃止されました。旧駅舎や橋梁など、見所が沢山あります。

    利府〜品井沼のページ

東海道本線旧線

日本で最初に開通したのが新橋〜横浜間の東海道本線です。横浜駅の初代は現在の桜木町駅の場所にありました。二代目は現在の高島町交差点付近でした。また、関西での東海道本線は明治7年に大阪〜神戸間が仮営業をし、明治10年に京都〜神戸間で営業を開始しました。そして徐々に開業エリアが広がり、明治22年には新橋〜神戸までの全線が開通を果たしました。

以下は東海道本線の廃線関連です。画像かリンクをクリックすると各ページへ移動します。駅舎の基礎などが残されている二代目横浜駅の遺構が特に有名です。どのような場所かは見てのお楽しみです

  • 東海道本線画像

    神奈川〜程ヶ谷

    東海道本旧線(神奈川〜程ヶ谷)です。初代横浜駅の不便を解消するため平沼駅が開業しましたが、平沼駅も不便であったため大正4年に二代目横浜駅が開業しました。その後昭和3年に現ルートとなり廃止された区間です。二代目横浜駅跡は有名です。

    神奈川〜程ヶ谷のページ
  • 東海道本線画像

    用宗〜焼津

    東海道本旧線(用宗〜焼津)です。明治22年に開業した区間で、明治44年に単線並列で複線化されました。その後、旧線改良工事により石部トンネルが完成し、昭和37年に現ルートに変更され廃止されました。海岸線に残るトンネルは見応えあります。

    用宗〜焼津のページ

福知山線旧線

福知山線の始まりは川辺馬車鉄道で、この鉄道が開通したのが明治24年で尼ヶ崎〜伊丹でした。2年後の明治26年には摂津鉄道と名前を改名。その後明治30年に阪鶴鉄道となり、明治32年についに福知山まで全線開通しました。そして明治40年の国有化により阪鶴鉄道は福知山線となりました。

以下は福知山線の廃線関連です。画像かリンクをクリックすると各ページへ移動します。どのような場所かは、見てのお楽しみです。武田尾付近の廃線は、当時の面影が良く残っています。

  • サムネイル画像6

    生瀬〜武田尾

    福知山線旧線(生瀬〜武田尾)です。開業から80年近く非電化での営業を続けていましたが、旅客増加により電化され、昭和61年に新線へ切り替わり廃止された区間です。ハイキングコースにもなっており、トンネル等が沢山あります。

    生瀬〜武田尾のページ

磐越西線旧線

磐越西線の歴史は古く、明治31年に岩越鉄道株式会社が設立され、翌年に郡山〜中山宿が開業しました。その翌年の明治33年には若松までが開業、明治37年には喜多方まで開業しました。そして明治39年に国有法により国有化され岩越鉄道は岩越線となり、大正3年に郡山〜新津が岩越線になった。それから3年後に岩越線は磐越西線と改称されました。

以下は磐越西線の廃線関連です。画像かリンクをクリックすると各ページへ移動します。中山宿駅はスイッチバックの駅でした。今でもホームや線路がしっかり残されています。

  • サムネイル画像7

    旧中山宿駅

    磐越西線旧線(旧中山宿駅)です。明治31年に仮停車場とし開業。翌年明治32年3月に正式に駅となりました。その後、昭和47年になると輸送力が減少し貨物の取り扱いを中止し、昭和58年には無人駅化され平成9年にスイッチバックは廃止されました。かつて利用していたスイッチバックの駅が残っています。

    中山宿スイッチバック駅跡
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    磐梯熱海〜猪苗代湖畔

    磐越西線旧線(磐梯熱海〜猪苗代湖畔)です。この区間は、明治33年に岩越鉄道として開業しました。この区間には明治期に建設されたトンネルが4つありましたが、昭和42年に郡山から喜多方の電化による隧道の付け替えに伴い、新線に切り替えられ廃止されました。平成19年から猪苗代湖畔駅は休止中です。

    磐梯熱海〜猪苗代湖畔のページ

山形交通

山形交通は高畠線・尾花沢線・三山線の3路線が存在していました。その中の一つの高畠線は前身は高畠鉄道で、昭和18年に尾花沢鉄道・三山鉄道と合併し山形交通高畠線となりました。

以下は山形交通の廃線関連です。画像かリンクをクリックすると各ページへ移動します。どのような場所かは見てのお楽しみです。特に旧駅舎が見所の一つで、とても良い雰囲気の場所です。

  • サムネイル画像5

    糠ノ目〜二井宿

    山形交通高畠線(糠ノ目〜二井宿)です。大正11年に糠ノ目〜高畠間が高畠鉄道として開業しました。大正13年に高畠〜二井宿間が開業し昭和18年に山形交通高畠線になりました。昭和43年にはモータリゼーションの波りより高畠〜二井宿間が廃止。昭和49年に糠ノ目〜高畠間も廃止となり、全線廃止になりました。現在は、旧駅舎や車両などが残されており、歴史を感じる場所です。

    糠ノ目〜二井宿のページ

  • サムネイル画像8

    大石田〜尾花沢

    山形交通尾花沢線(大石田〜尾花沢)です。この区間は大正15年に尾花沢鉄道として開業。その後、昭和18年に山形交通尾花沢線となりました。この路線は主に通勤や通学の足として活躍していましたが、モータリゼーションの波には勝つ事はできず次第に衰退していきました。一時は廃止は逃れましたが、昭和45年に廃止となりました。西瓜畑の横を通る線路跡は雰囲気があります。

    大石田〜尾花沢のページ

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